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☆かすみんの小説置き場☆

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リクエスト小説
リクエスト小説①(mito様より)


本編

2009.12.11  *Edit 

 一人の旅人が、この子の運命を変える。
 やがて来る戦乱の時代に翻弄されながらも。
 しっかりと歩んでいく運命を持っている。
 闇を貫く、一条の光のように。



 魔法や魔術というものが衰退し始めたことで、人間たちは“武器”と呼ばれるものを作り出すことに精を出し始めた。魔法や魔術が使えない者でも攻撃できるという代物である。空を飛ぶことができなくなり、魔法でなくても空を飛ぶことのできる飛行機も考案された。遠くまで多くの人を運ぶということはまだまだできなかったが、人一人を乗せて、隣国を攻撃するには十分な技術だった。
 そのようなものたちを、自国を守るために作り出そうとする国もあれば、他国に攻め入るために作り出そうとする国、そして他国に威厳を示すために作り出そうとする国もあった。
 他の国よりももっと強く───。
 どんどん威力を増していく武器は、どんどん人を殺していった。そして、いくつもの国が消えていった。
 武器を使う側ではなく、人間はいつしか、武器に使われるようになっていたのかもしれない。たくさんの血を啜った武器は、呪いそのものになるという噂もある。
 奪ったことのある者は、奪われることが怖くて奪い続けた。そのような連鎖がはびこり、いつしか人間は、武器がなくてはならないものだと思うようになっていった。
 人を生むのも、人を殺すのも、人。
 なのに、生み出された武器を「殺す」ことができるのもまた人であるということに、人々は気づかない。
 そうして時だけが過ぎていく。
 ぐるぐると、時がめぐっていく。

* * *

 どんっと、大きな音が空に鳴り響く。街がまた、砲撃されたようだった。逃げ惑う人や、怪我をした人、家族を失った人の悲鳴が聞こえてくるようで、レイは眉をひそめた。
 ウォルタ国とフレア国が争いを始めて、もうすぐニ年になる。原因は、ウォルタ国がフレア国の市民を殺したという理由からである。あまり仲のよくなかった両国が、やっと和平にこぎつけた直後のことだった。両国の和平を良く思わなかったウォルタ国の保守派の人々のせいだということであり、ウォルタ国王が直接命じたことではないということは調べれば分かったことなのであるが、血の気の多いフレア国王は、有無を言わさずウォルタ国に宣戦布告をした。それから決着がつかず、もうニ年も経とうとしている。
 そのニ年の間に、レイは多くの友人を失った。戦地に送り込まれた友人もいれば、爆撃によって命を落とした友人もいる。
幸いにも、山奥の村に住んでいるレイの家族は無事であった。友人たちの命を奪ったフレア国のことは憎く思っているが、このような殺し合いをすることが本当に正しいことなのかどうか、レイには分からなかった。
 武器を作る工場で、レイは働き始めて一年になる。守るためには必要な武器であるが、武器は多くの命も奪ってしまう。フレア国を攻撃しなければ、きっとウォルタ国はなくなってしまうだろう。それはレイにも分かっていた。しかし自分の作った武器によってフレア国の市民は殺され、友人を失った自分と同じ思いをしている人がいるのかもしれない。
 自分が働いている理由が、レイには分からなくなっていた。
同僚たちからは、甘いと言われた。そんな感情は捨てないと、今のご時勢やっていけないのだと。敵につけ込まれるぞ、と……。
 レイの家は両国の国境近くの村にある。国境とは言っても、レイの家は大陸の南にある山岳地帯に位置しており、激戦区は遥か遠くの場所だった。大陸を南北に走る両国の国境線は、山脈が広がる南側は山脈に沿って引かれており、平野のある北側は、両国の同意の下に引かれていた。王都があるのは平野付近であり、戦いの中心は北側に集中していた。
 争いが起こる前は、隣村、と言ってもフレア国なのであるが、レイはそこの子どもたちと良く話をした。鉄柵はあっても、小さな子どもたちにはくぐり抜けることなど簡単だった。しかし、争いが始まると、鉄柵は触ると大怪我をするというまじないがかけられ、それに加えて、何人かの兵士が交代で見張りについており、くぐり抜けることもよじ登ることもできなくなってしまった。激戦区から外れており、しかも侵入のしにくい山奥ということから、軍の監視はそれほど厳しくはなかったが、気軽に隣村へ行くことはできなくなっていた。一番近くの村が、一番遠くなってしまった。
 一体、この柵に何の意味があるのだろうか。同じ森のものを食べ、同じ川の水を飲み、同じ景色を見て、同じ空気を吸っている人間なのに、敵国の人間だから殺せと言うのか。
 そのようなことを口にすれば、戦地に送り込まれるか、牢獄行きということはレイにも分かっていた。一家の長男───跡継ぎであるということから、レイは戦地行きを免れていた。
「俺は一体、どうしたいんだろうか……」
 さわさわという草が風になびく音を聞きながら、レイは膝に顔をうずめた。レイの栗色の髪も、ふわりと風になびく。初夏の足音が聞こえだしてはいたが、山奥の村の風は心なしかまだ少し冷たかった。
「こんにちは、レイ」
 柔らかな声に、ふとレイは顔を上げて振り向いた。
 透けるような長い金髪に、ゆったりとした黒いローブを身に纏った人物が、静かに微笑みながら立っていた。
 襲撃とは関係ない、時々上空を通過する飛行機のエンジン音が聞こえるぐらいの、静かな山奥の草原を渡っていく風が、黒いローブをふわりとなびかせる。
「アド……、俺は甘いんでしょうか」
 レイは、唐突に話しかけた。
 ローブの人物は驚く風もなく、やんわりと微笑んだ。
 黒いローブの人物を、レイの住む村の人々はアドミニステル───司る者、と呼んでいる。女性のようでもあり、男性のようでもあり、その容姿は若いが思考は老人のように物静かでかつ深く、誰にも支配されることのない人物……。それはこの世の理を全て知っているからであると人々は言う。「人ではないのかもしれない」と言う人もいるが、レイはあまり信じていなかった。マドレーヌをおいしそうに食べる聖人なんているものか。
「……甘いものは、おいしいですよ」
「え?」
 アドの言葉の意味をつかみかねて、レイは思わず首をかしげる。アドはくすりと笑うと、レイが腰掛けている岩の上に、自分も腰をおろした。
「世の中には、甘いものもすっぱいものも辛いものも苦いものも存在しています。いろんなものが存在しているから、この世界は“おいしい”のです。それに、甘いものは人をほっとさせる力がありますよ」
「……マドレーヌみたいに?」
「ですです」
 アドはにっこりと笑った。
「貴方のような考えの人間がたくさんいれば、このような悲しいことはおこらないのかもしれないと、私も思います。ただ……」
 アドは空へと視線を移した。レイもそれに倣う。
太陽は山の向こうに沈みかけようとしていた。辺りが心なしか暗くなり始めている。
レイはちらりとアドのほうに目をやった。アドの表情も、心なしか暗い。
「レイ、人間は愚かだと思いますか?」
 レイの答えを待たず、アドは続ける。
「人間は誰しも……いえ、人間だけではないのですが、欲求を持っています。ご飯を食べたいとか、眠いとか。それが発展して、あの人よりも強くなりたいとか、もっと良い暮らしをしたいとか、そう思うようになる。たとえ一人の欲求だったとしても、それが寄り集まってしまえば、大きな欲求になる。それは国を動かし、世界を動かす……」
 暗くなっていく草原の岩の上で、レイはじっとアドの顔を見つめた。草が風になびく音と虫の声以外、何も聞こえない。街からの砲撃の音も止んでいた。
「一つ手に入れると、また欲しくなる。それから、奪われた者は、奪った者を恨むでしょう。そのようなことがグルグルと回って、争いが起きるのかもしれませんね」
 そう言って、アドは少し悲しそうに微笑んだ。
「あらら、もうこんなに暗くなってしまってたんですね。早く帰らないと、ご両親が心配してしまいます」
 アドは岩の上に立ち上がり、うーんと背伸びをした。そして、はっとしたようにレイのほうを見る。レイは思わずくすりと笑ってしまった。
「あー……。家での癖が出てしまいました……」
「村の人たちに、あなたのその姿を見せてやりたいですよ」
 レイには、澄ました顔のアドよりもこちらのアドが自然な気がしてならない。アドはアドなりに、『アドミニステル』という名前を意識して、凛とした態度をとっているのであろうが。
「少しは手助けになればよかったのですが……。ならなかったようですね」
 アドの言葉に、レイは困ったように笑った。
「いえ。少しすっきりしました」
「そうですか」
 そう言ってもらえると嬉しいです、とアドは笑った。
「それじゃあ、私はこれで」
「あ、アド!」
「はい?」
 レイの声に、アドはくるりと振り返った。
「俺は、人間はバカだと思うときもあるけど、愚かだとは思いません。生み出すこともできるから。良い意味でも、悪い意味でも」
 暗くて表情は分からないが、レイはアドが笑った気がした。おやすみなさい、と告げて、レイも帰路に着いた。

 翌朝、いつも工場への通勤路としている道が黒焦げになっているのを見て、レイは眉をひそめた。辺りの建物もほとんど原形をとどめていない。崩れたレンガがそこら辺に散らばっている。
 街とは言っても、城のある王都からは少し離れているために街が壊滅状態になるということはないのであるが、あちらこちらで建物が砲弾によって破壊されている。
 建て直しても建て直しても、破壊されていく建物。その現実に、街の人々はいつしか建て直すことを止め、今では壊れた建物は珍しくなくなっている。
「だから言ったんだ。この街に武器工場なんて作るのは間違ってるって」
 曲がり角から、人の声がする。その言葉に、レイはどきっとした。
「武器工場なんかあるから、この街が攻撃されちまうんだ……」
「そんな滅多なこと言うもんじゃない。軍に見つかったら、なんて言われるか」
 朝から、嫌な話を聞いてしまったなと、レイは苦笑した。
「まぁ、でも、フレア国に比べればマシらしいぞ。この戦いのせいで、街はぼろぼろだし、食い物はほとんど軍に徴収されているらしい。女も子どもも戦地に送り込まれるという噂もあるしなー」
「まぁな。あちらの王様は何を考えてるんだか。俺たちは、軍は厳しいが、なんとか生活できてるしな。王様は良い方なのに、なーんであんな軍隊ができちまうのか」
 嫌な話だな、と思いつつ、レイが曲がり角の声に聞き入っていると。
「よっ、レイ。おはようさん」
 ふいに背中を叩かれた。びっくりして、転びそうになる。
「あ、すまんっ。まさかそんなに驚くとは……」
 背中を叩いた張本人が、あわてた様子でレイに詫びる。レイは思わず笑ってしまった。
「おはよう、ジェイ。大丈夫、ちょっと考え事してただけだからさ」
 黒髪に小麦色の肌の青年───学校時代からの友人ジェイが、そうか、とばつが悪そうに笑う。そしてジェイは、レイがふと曲がり角に視線を移したのを見逃さなかった。
「考え事、か。大方、あそこでこそこそ話してる連中のことだろ、気にするな」
 曲がり角の声が、とたんに止む。
 これ見よがしに大きな声で、ジェイは続けた。
「武器がなけりゃあ、俺たちがやられちまうんだ。そんなことも分かってないやつらのたわ言なんて、気にしてたらきりがないぜ」
 ジェイはふんっと鼻を鳴らした。
「ほら、急がないと始業のベルがなっちまうぞ。急いだ急いだ」
 ジェイに急かされながら、レイは工場へと再び足を向けた。

 細かい作業に疲れてきた頃、一時間の短い昼休憩が入る。レイはいつも、工場の裏手にある小さな空き地でその時間を過ごした。工場内の休憩室には蓄音機が置かれ、リラックスのできる曲が流れているが、癒しを求めて押し寄せてくる人々でごった返している。そのため、リラックスどころか余計疲れてしまったりするのだ。しかも今日の曲は、ウォルタ国の生んだ天才歌手『星の歌姫アリア』の曲ということもあり、いつも以上に休憩室は混雑していることだろう。空き地でのんびりと食事をとったほうが、よほどリラックスできるのではないかとレイは思っている。
 歌姫の曲は、ゆったりとしたものが多く、争いの真っ只中にある人々の心を癒している。歌には全く興味は無かったが、レイも星の歌姫の曲だけはいくつか知っていた。工場や街で良く耳にするため覚えてしまったということもあるのだが。
母が作ってくれた弁当を頬張りながら、ふと空を見上げる。
 小さな雲が浮かんではいるが、十分に晴れといえる天気だった。もこもことした雲は、もうすぐ夏がやってくるという印だ。
今もどこかで戦闘が繰り広げられているのが信じられないほど、澄んだ空。季節は移り変わっていくのに、状況の変わらない争い。
「お、レイみっけ。やっぱここにいたのか」
 ぼーっと空を見上げていると、ふと声をかけられた。振り向かなくても分かる。ジェイだ。
「今日は特に休憩室がひどい有様だぜ。まぁ、歌姫の曲とあっちゃあ仕方ないか」
レイに断りもせず、彼の隣にどかっと腰を下ろすと、ジェイは弁当を広げた。近くの弁当屋の弁当だ。争いが始まってから具の量が減ったが、味は以前と変わらずおいしいと評判である。
フレア国の人たちは、弁当も口にできないのだろうか。今朝、曲がり角から聞こえてきた男たちの話が、ふと頭を過ぎる。そのような人たちの命までも奪ってしまう、武器。
「なぁ、ジェイ」
「ん?」
 口をもぐもぐさせながら、ジェイは、何だ、というふうにレイを見た。
「俺たちのやってることって、何だろうな」
 ジェイは、レイの言葉に、すぐには返さなかった。口いっぱいに含んだご飯と、頬に付いたご飯粒をしっかり飲み込むまで、ただの一言もしゃべらなかった。それは、返す言葉を考えている風にも、何も考えてなどいない風にも見えた。
口の中のものがすっかりなくなってしまうと、ジェイは口を開いた。
「お前、花屋にでもなっちまえよ」
「は……?」
「疑問を持っちまったら、働きたくなくなるだろう。お前のことだ、レイ。俺たちの作った武器が、フレア国の国民を傷つけてることに罪悪感を覚えてるんだろ」
 どきりと、心臓が脈打つ気がした。
 ジェイも、自分の言葉を「甘い」と一蹴するのだろうか。
 そんなことを考えていると、ジェイは持っていたフォークの先をレイの鼻先に突きつけた。レイは思わず目を丸くする。
「甘ったれるなよ。俺たち以上に、前線に出てるやつらのほうが罪悪感を感じてるよ。けど、それを押し殺してるんだ。土壇場で相手に情けなんてかけちまったら、自分がやられる。自分にも相手にも残された家族がいる。だからって、相手の為に自分が死ねるか? 俺なら絶対に無理だね」
 声を荒げることもせず、ジェイは静かに言い放つ。いつものふざけたジェイはどこへ行ってしまったのだろう。ジェイはジェイなりに、悩み、苦しんでいたのだろうか。
レイはジェイの言葉に静かに耳を傾けた。
「だから、俺はここで働いてるんだ。精密な武器を作って、あっという間に相手をやっつけたら、その強さに舌を巻いて撤退してくれるかもしれない。前線に出ている人たちが、命を奪われる可能性が低くなるかもしれない。それに、もしかすると、相手に痛みすら感じさせず命を奪うことができるかもしれない。残酷なことだが、これが現実なんだ。やっと最近、そう思えるようになった。そうじゃなかったらきっと、俺、この弁当屋で働いてたぜ」
 そう言って残りの飯をかきこむジェイの姿が、いつもより大きく見えたのは気のせいではないだろう。
 ジェイは自分なりの答えを見つけ、割り切っている。レイも、胸の中に渦巻くもやもやを早く取り去ってしまいたかった。
 じっと自分の顔を見つめるレイを怪訝そうに見つめ、ジェイは何かを思いついたかのように、にやりと笑った。
「俺に惚れたか?」
「ばーか」
 工場裏の空き地に、笑い声がこだました。

 夕焼け色に染まりつつある空の下を、レイとジェイは家路へとついていた。ジェイの家は街のはずれにあり、街を出たところで、二人は別れた。さわさわと草の揺れる音を聞きながら、レイは村への一本道を歩いていく。
「あれ?」
 ふと見ると、前方に人。見慣れない服を身に纏っているところを見ると、旅人であろうか。
歩いているうちにどんどんその姿がはっきりと見えてきた。旅人らしき人物は、道の脇の木に寄りかかって座っているようだった。フードをかぶっているため、表情はよく分からない。
 もし眠っているのだったら申し訳ないなと思いつつ、レイは足音を忍ばせた。だが、その人物の前を通り過ぎようとしたとき、フードの下にちらりと見えた顔が、夕焼けに照らされているにもかかわらず蒼白だったことにレイは慌てた。
「あの、大丈夫ですかっ?」
 返事はない。かすかな吐息だけが、その人物がまだ生きているということを証明していた。
 額に手を当てようとして、レイは息を呑んだ。アドに似ている透けるような金髪に、整った顔立ち、影ができてしまうのではないかと思えるほどの長いまつ毛。
美しい、少女だった。
 レイは恐る恐る少女の額に触れ、その熱さに驚く。
「……失礼します」
 聞こえているとは思えなかったが、レイは一言少女に断ると、少女を抱き上げた。身体から伝わる異常な熱さが、その体が健康でないことを示唆していた。首筋にかかる息も熱い。
 このまま死んでしまったらどうしようという不安を抱きつつ、レイは慎重に、しかし足早に一本道を突き進んだ。家ではなく、アドの元に。

 ドンドンッと少々乱暴に叩かれたドアに、アドは読んでいた本から視線を移した。本にしおりを挟むと、今あけます、と席を立つ。ドアを開けると、焦った表情のレイが立っていた。一人の少女を抱えて。
「まぁ、レイ、どうしたんですか? ……その子は?」
「身体がすごく熱いんだ。何かの病気かもしれない」
 アドの長い指が、少女の額に触れる。
「これはいけない。レイ、その子を奥の寝台に」
 こくりと頷き、言われたとおりにする。
 レイが少女を寝台に寝かせている間に、アドは慣れた手つきで、大きな棚に大量に並んだ薬草瓶の中から数本引っ張り出し、すり鉢を持って寝台にやってきた。それを脇において、アドは少女の服を脱がし始める。
「え、あっ、アド……?」
「レイ、水をお願いします」
 そう頼まれて、内心ほっとしたような悔しいような思いを抱きながら、レイは台所へと急いだ。調べ物でもしていたのか、床に本が散らばっている。それをうまくよけながら戻ってきたときには、診察は終わっていたようだった。
「アド、大丈夫? この子……」
 ごりごりと薬草をひいているアドに、レイは不安そうに尋ねた。
「父親は、貴方ですか、レイ」
「え?」
「この子、妊娠しています」
「……え? えぇっ! あ、違う、俺じゃない! 道の脇にうずくまってたんだ」
 レイが慌てて首を振る。
アドはくすりと笑うと、少女に優しく話しかけた。
「さぁ、しんどいでしょうが、これを飲んで」
 薬草の粉を、レイの持ってきたコップの水に溶かし、少し上体を起こしてやると、アドはコップを少女の口につける。
 少女は少し目を開け、アドが頷いたのを見て、こくりと水を一口含んだ。のどが渇いていたのか、ゆっくりではあったが、少女はコップの中身を飲み干した。安心したのか、少女はすぅっと眠りに落ちた。
「大丈夫かな、この子」
「少し様子を見てみないと分かりませんが、ちゃんと薬をのんでくれたので、最悪の事態は避けられると思います」
 少女の額に再び手を当てて、アドは静かに言った。
「さて、レイ。もうだいぶ外が暗くなってきてますが、帰らなくて大丈夫ですか?」
 そう言われ、窓の外に視線を移したレイは、あっと小さく声を上げた。
「本当だ。母さんたち心配してるかも」
「レイのお母さんは、心配性ですものね」
「ほんと、困るぐらいにね。それじゃあ、俺は帰ります」
 アドの言葉に苦笑して、レイはアドの家を出た。
 薄暗い道を、慣れた足取りで自宅へと向かう。村はずれにあるアドの家から見える村は、家々の明かりで、宵闇にぼうっと白く浮かび上がって見えた。
「ただいま」
 いつもより遅い息子の帰宅に、母親は玄関まで迎えに走った。戦いの中心地から外れているとはいえ、フレア国との国境付近である。いつ何が起こるか分からない。
「おかえり、レイ。遅かったから、どっかで大怪我でもして倒れてるんじゃないかって心配してたのよ。何かあったの?」
「うん、ちょっとね」
 自室へと戻る息子の曖昧な答えに、母親は続けて声をかけようとしたが、父親に止められる。
「リナ、あの子はもう大人だ。自分の命には自分で責任を持てる歳になってる。それに話したくないことの一つや二つ、あってもおかしくないよ。言わなければいけないことなら、話してくれるさ」
「ケイン……」
 レイの母リナは、そうね、と苦笑すると、台所へと戻り、テーブルに夕食を並べた。そうしているうちに、レイが台所に入ってきた。
 三人はテーブルに着くと、いただきます、と手を合わせた。ささやかな夕食が始まる。
「あ、レイ、後でお弁当箱を流しに出しておいてね」
「うん、分かってる」
 母親の言葉に、レイはこくりと頷いた。
 しばらく沈黙が続いた後、レイはふと口を開いた。
「今日、道端に女の子が倒れてたんだ」
 両親の視線を感じながら、レイは続けた。
「すごい熱があって、アドのところに連れて行ってきた。だから、遅くなったんだ」
 母親は、にっこりと笑った。
「そう、良いことをしたのね、レイ」
 思いがけない言葉に、レイは次に言おうと思っていた言葉を思わず飲み込んでしまった。小さい子どもにかけるような言葉をかけられるなんて、予想だにしていなかった。そんなレイを知ってか知らずか、母は続ける。
「アドのところなら何でもそろってそうだけど……、後で私の服を何枚か出しておくわ。明日の朝にでも、アドのところに届けてちょうだい」
 言おうとしていたことを、言われてしまった。レイは、母に少女の着替えはないかと尋ねようとしていたのだ。
「レイ、お前、言いたかったことを母さんに言われてしまったみたいだな」
 父は笑い混じりに言った。よほど、あっけに取られた顔をしていたのだろう。レイは顔が赤くなるのを感じ、思わず顔を伏せた。
 ごちそうさま、と立ち上がった息子がそそくさと部屋に戻ってしまったのを確認し、リナは小さくため息をついた。
「ケイン。その少女が、“旅人”なのかしら……」
 一人の旅人が運命を変えるといわれた、子ども。
「さぁ、どうだろうね。たとえそうだとしても、レイ自身が切り開いていく運命だ。私たちには、見守ることしかできないさ」
 恋人だった頃に良くやっていたように、ケインはリナの頭をぽんぽんと軽く撫でた。リナはやわらかく微笑んだ。恋人だった頃にはなかった、子を持つ母親の笑みだった。
「そうだわ。あの子はもう大人なのよね。私たちが育ててきた子だもの。きっと、大丈夫」
 洗い物をするわ、とリナは立ち上がった。
 台所から聞こえてくる水音を聞きながら、レイの父は静かに窓の外を眺めた。
 運命、という言葉は甘美だ。悪いことが起こっても、「運命だったのだ」と言えば割り切ることができるほどに。確かにそうかもしれない。しかし、運命に振り回されてはいけないのだ。自分で切り開かなければ。言葉の魅力に負けてはいけない。
「母さん、弁当箱持って来たよ」
 自室から出てきた息子の肩に、ケインは手を置いた。華奢な少年の肩ではない。自分の運命にのしかかられても、耐えていくことのできる、たくましい肩だ。
 突然肩に手を置かれ、怪訝そうに見つめてくる息子に、ケインはにっこりと微笑んだ。

 翌朝、母に渡された着替えをアドの元に届けにいくと、少女の容態は落ち着いたとアドはにっこりと笑った。それに安心し、レイは工場へと向かう。
 仕事中も少女のことが気になって、手元が留守になったり、ジェイの呼びかけに答えなかったりしたが、無事、終業のベルが鳴った。
今日は急いでいるから、とジェイに告げ、工場を足早に去ろうとすると、
「女でもできたのかー」
 というジェイの笑い声。
 レイは、意味ありげににやりと笑ってみた。うそだろー、とジェイが思わずもらしたのがおかしくて、レイは笑いながら、じゃあなとジェイに手を振った。
 少女のことが気になるのは、恋愛感情とは別のものだとレイは思っていた。好奇心ももちろんあるが、何か、少女に対して惹きつけられるものを感じていた。それが何なのか。それはレイにも分からなかった。
 アドの家へと続く道を上がっていくと、円柱状の、レンガでできた少し風変わりな家が見えてきた。昔は風車小屋だったというアドの家。幼い頃から当たり前の景色になっているレイにとっては珍しくも無いが、ジェイが遊びに来た際、驚いていたことをレイは思い出した。住みにくくはないのかというジェイの問いに、アドは、気に入っているのでと笑っていた。
 アドの家の周りには、アドの作った薬草畑が広がっているのであるが、その薬草畑の傍に、アドがよく読書をしている小さなベンチがある。いつものようにそこに人影を見つけて、レイは「アド!」と言おうとして言葉を飲み込んだ。
 レイの気配に気がついたのか、ベンチに座っていた少女が小さく首をかしげる。さらりと流れ落ちる淡い金髪が、日の光を受けてキラキラと光る。
 少女とレイはしばらくお互いを見つめたまま、動かなかった。かける言葉が見つからなかったとか、何をすれば良いのか分からなかったとか、そういうわけではなく。
お互いに何かを感じたのかもしれない。少女はレイに。レイは少女に。
「あら、レイ、おかえりなさい」
 沈黙を破ったのは、アドの柔らかな声だった。
「レイ……、では、貴方が私を助けてくださった方なのですね」
 凛と透き通る声だった。
「あ、はい。もう具合は良いんですか?」
「まだ少しふらつきますけど、昨日のしんどさから比べたら全然」
 少女はやんわりと微笑んだ。儚げな容姿とは裏腹に、しっかりとした口調で少女はしゃべる。
「けど、まだ全快というわけではないですし、身重な身。あまり無理はしないことです」
 アドの言葉に、少女は一瞬、悲しそうな顔をした。
「少し風が出てきましたし、そろそろ中に入ったほうが良いでしょう」
 アドは少女をひょいっと抱え上げると、家の中に入っていった。レイもそれについていく。
「アドって、けっこう力持ちなんですね……」
 アドが少女をベッドに下ろすのを見て、レイが感心したように呟いた。
「アリアにだからできることなんですけどね」
 アドはそう言いながら、横たわった少女に毛布をかける。
「アリア……?」
「あ、そうでした。私ったら、まだ名も名乗らずに!」
 少女は上体を起こすと、レイに向き直った。
「アリアと言います。危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」
「いえ、あの、無事で良かったです」
 レイは少し照れながら、少女アリアにつられて、思わず頭を下げた。
「それで、アド、アリアにだからできることって?」
 照れ隠しに、レイはアドのほうを見た。アドは三人分の茶の載った盆を持ってきているところだった。
「あぁ、レイには言ってませんでしたよね」
 ベッドの脇にあるテーブルに茶の入ったカップを置きながら、アドは言う。
「レイ、この世界に、昔、魔法が存在していたことは知ってますね?」
「もう何百年も前に廃れたって聞いたけど」
「えぇ、でも、まだ使える人間がいて、それが私とアリアのような、淡い金色の髪をした人間なんです」
「……え?」
 レイはアドとアリアの顔を交互に見た。
「さっきのは体を軽くする魔法、と言ったところですね。昔、魔法を使った大きな戦争が起こりました。この世界の半分が消失してしまったほどの大戦争だったと言います。多くのものを奪った魔法は悪の化身だという思いが人々の心に残り、魔法使いたちを人々は迫害するようになりました。魔法使いたちはどんどん数が減っていきましたが、深い山奥で生き残った人たちもいて、それが私とアリアの先祖というわけです」
 アドの言葉にこくりと頷いて、アリアが続ける。
「今ではもう、魔法使いの特徴を覚えている人もいないし、よほどの歴史好きでない限り私たちに関する書物は読まないでしょう。だからこうして、私たちは普通の人にまぎれて生活ができています。アドのように、小さな村の薬師として暮らしている人もいるし、占い師として暮らしている人もいます」
 レイは異世界に紛れ込んでしまったかのような気分だった。魔法はすでに、レイたち人間にとって、おとぎばなしの世界の話だった。今、目の前にいるのが、小さい頃憧れていた魔法使い。なんとも妙な気分だ。
「私たち魔法使いは、魔法を使えない人々に対して魔法を使うということを禁止しています。迫害を恐れているというのもありますが、今の世界に、余計な刺激を与えないために」
「ああ、だから、アリアさんに対してだけ、なのか」
「そうです。まぁでも、例外はあって、人を治療したりするときに少し使ったりはしていますが」
 幼い頃、アドに傷口を撫でてもらったら楽になり、不思議に思っていたことをレイは思い出した。
「アリアさんは、一体何をなさっている方なんですか?」
 レイの言葉に、アドとアリアは顔を見合わせた。
「レイ、貴方、知っていて普通に話しているのかと……」
「……え?」
 本当に知らない様子のレイを見て、アリアは歌を口ずさみ始めた。工場や街でよく耳にする歌。不思議と耳に残り、なんとなく気持ちが和らぐ歌だったと記憶している。
「私は、歌手です。『星の歌姫アリア』と呼ばれています」
 レイはかたんっと音を立てて、思わず立ち上がった。
「そんな有名な方だったんですか!?」
 くすくすと、歌姫は笑った。
「王都では何度も講演をしたりしていますが、あまりこちらまでは来ないので、顔を知らなくて当たり前です。気にしないでください」
 そう言って笑いかけて、アリアの表情が少し曇った。
「いけない、アリア。少し横にならなくては。そういえば、薬の時間ですね。取ってくるので、少し待っていてくださいね」
 アドはそう言って、薬棚のほうへ、床に散らばった書物を上手によけながら足早に歩いていった。
「お腹のお子さんのためにも、養生してくださいね」
 レイの言葉に、アリアは苦しそうに笑った。
「この子は───」
「さぁ、アリア、少し起きられますか?」
 アドの言葉にかき消され、アリアの言葉は最後まで聞き取れなかった。ただ、物騒な言葉を聞いたような気がして、レイは聞き返さなかった。
「それじゃあ、アド。俺、帰ります」
 少ししんどそうなアリアを察して、レイはアドに出されたお茶を飲み干すと、家の出口に向かった。
「ありがとうございました、レイ。それから、リナに着替えを貸していただけて助かったと伝えてもらえますか?」
 分かりました、と答えると、レイはアドの小屋を後にした。
 家までの帰り道、レイはアリアの言葉を思い出していた。良くは聞き取れなかったが、こう言った気がした。
『この子は、生まれてきてはいけない子なんです───』
 母親になる人間がそんなことを言うはずはないと、レイは頭を振ったが、何となく嫌な予感がレイの中に渦巻いていた。

「アド、貴方は……。いえ、レイもですけど、私が倒れていた理由を聞かないのですね」
 横たわったまま、少女は呟くように言った。レイを見送り、アドは再びベッドの脇の椅子に腰を下ろす。
「私が倒れていた理由が病気ではないということに、貴方は気づいているはずだわ」
「ええ。けど、言いたくないことなのでしょう?」
「それは……」
 アリアは言葉を紡ごうとして、飲み込んだ。
「貴女がここに来るということは、レイが生まれたときから分かっていたことでした」
 アドは少し冷めてしまった茶をすすりながら、静かに言った。アリアが、なぜ、と目で訴えかけてくる。
「レイの運命は、旅人によって変わると、私が星を読んだのです、星の歌姫。そして、その旅人が、何か大きなものを背負ってくると」
 何かを考えるように、アリアは目を閉じた。
「私が生まれたときにも、村の占い師が星を読みました。私が背負っている星は、輝いてはいるが、その隣には凶星もついて回ると。だが、それを振り払う光にも出会えるだろうと」
 アリアは、アドを見た。
「金色の髪を持つ同士、私は貴方がその光だと思いました。でも、あの青年なのですね」
 アドはやわらかく微笑んだ。
「そうかもしれないし、違うかもしれない。あの子を光に変えるのは、アリア、貴女なのだから」
 光、とアリアは呟いた。
「レイには、善悪の区別がつくのでしょうか。私がフレア国のスパイだったら、なんて、きっと考えてないわ」
「あの子はそもそも、両国を区別してないのかもしれません。人間は人間なんだと、あの子は思っている。だからこそ、“光”と星は告げたのかもしれません」
 さぁ、そろそろ眠ったほうがいいですよ、とアドはアリアの毛布をかけなおした。アリアは素直に頷くと、ゆっくりと目を閉じた。

 数日が過ぎ、アリアの体調は徐々に良くなっていた。レイは毎日、工場からの帰りにアドの家に寄るようになっていた。ウォルタ国から出たことの無いレイにとって、アリアが歌手として回った国々の話は、とても興味を惹かれるものだった。
 アドはアリアが時折見せる、思いつめたような表情を気にはしていたが、特にそのことについて触れることは無かった。おそらく、レイが解決してくれることだ。レイ自身気づいてはいないだろうが、アリアの体調の回復には、レイとの会話も大いに役立っていた。
ある日の昼休み。
いつも工場からそそくさと帰っていく理由をジェイに問い詰められ、
「今、星の歌姫がお忍びでうちの村に来ている」
と伝えたことにより、ジェイのお弁当のおにぎりが彼の手から滑り落ちて昇天してしまったが、特に親しい人の命が奪われるも無く日々が過ぎていた。相変わらず砲撃は続いているし、新聞に載る記事は戦況を知らせるものばかりだった。
 工場からの帰り道、レイは新聞を覗き込みながら呟いた。
「やっぱり、大きな街だけやられてるんだな」
「人が多いからな……」
 この争いでの死者は、どんどんと増えていた。どちらかを徹底的に痛めつけるまで、この争いは終わらないのだろうか。
「王は、フレア国を攻めてはいるが、一般人は攻撃しないように命じているらしい。でも、これは戦争なんだ。そんなことしてたら、フレア国を攻めきる前にウォルタが壊滅しちまう。攻撃は最大の防御なのに……」
「でも、王の気持ちも分かる。死なせたくないんだろう、国民を」
「王はそういう思いなのに、なんで保守派の連中、フレア国に砲撃なんてしたんだろうなー。確かに行き過ぎてるとこもあるけど、そんな過激なやつらだとは思ってなかったんだが……」
「うん、確かに、しっくりこないところもあるけどな」
 と、その時。上空から飛行機のエンジン音がしたかと思うと、ドンッという音と共に、ガラガラと近くで建物が崩れる音がした。あっけに取られているレイの腕を引っつかみ、ジェイは近くにあった公園の茂みに飛び込んだ。牽制だけだったのか、飛行機は数発の爆弾を落として飛び去っていった。
 ふぅ、と二人は息をついた。
「お前、あんなところで突っ立ってたら、狙ってくださいって言ってるようなもんだぜ」
「うん、すまなかった」
 体についた葉っぱを払いながらジェイは仕方ない奴だ、とレイを見た。
「とりあえず、落ちたところ見に行こうぜ。誰か建物の下敷きになっているかもしれねぇし……」
「そうだな。誰も死んでなきゃいいけど」
 二人はもうもうと煙を上げている建物の傍までやってきた。住民たちによってなされた消火活動で、火が燃え広がるのは避けることができたようだった。
「今日は定休日で誰もいなくて本当に良かった」
 普段は、子どもたちで賑わっているおもちゃ屋が直撃を食らっていた。
「でも、ここの店主が中で作業をしていて、巻き込まれたらしいわ」
「まぁ……」
 レイは、ちくりと、胸が痛んだ。特に知り合いだったという訳ではない。だが、特に戦争に加担しているというわけではない一般人が犠牲になったのだ。
 井戸端会議をするかのように、何気ない口調で話している女性たち。このようなことが日常茶飯事になっているという現実にレイは眉をひそめたが、自分自身もこの出来事を、どこかで冷静に受け止めてしまっていることに気がついて、思わず苦笑した。昔の自分なら、この光景を見て、頭が真っ白になっていただろう。
 たったニ年。歴史上で見れば、一つまみにも満たないのではないかという期間。それがもう、この国の人たちにとっては、何十年もこのままであったかのように感じられているのかもしれない。
 戦争がある時代が当たり前になってしまうということが恐ろしい。隣の村に住んでいた人が、ある日突然、敵になってしまうことに、慣れるということだ。今まで隣で微笑んでいた人に、銃口を向けることになるかもしれないということだ。もしかしたら、親友をこの手で―――。
 焦げ臭い匂いが漂う道の真ん中で、レイが突っ立っていると、とんとんっとふいに肩を叩かれた。
 振り返ると、目の前に銃口があった。
 持っているのは、ジェイ。
 いつも以上に、真剣な表情をしている。
 何をされているのか瞬時に理解できなかった。


―――ああ、親友に銃を突きつけられているのか。


 そう答えをはじき出して、レイの頭は回転することを止めた。
 頭が真っ白になる。
 見えるのは、ゆっくりと引かれる引き金だけ。
「ジェ……」
「ばーん」
 ふわり。
銃口から出てきたのは、造花だった。
「驚いたか?」
 驚いたというよりも、ほっとした自分に、レイは気がついた。争いの状況に慣れきってはいない自分に。ジェイは、ジェイであったということに。
 そう思ったとたんに今度は怒りがこみ上げてきて、思わず大声をあげそうになったが、ジェイの表情を見て、レイは思いとどまった。からかっている風でも、おどけている風でもない、真面目な表情。
「店頭に並んでたんだろうな。武器と間違われて攻撃されたのかもしれない」
 ジェイは器用に造花を銃口の中にしまった。
「俺も昔持ってたんだよな、これ。こんな時代があったのにな……」
 ジェイは誰に言うともなしに、呟いた。かける言葉が見つからず、レイはぎゅっとこぶしを握り締めた。
「無事なのは、これ一個だけみたいだなー。あとはバラバラだ」
 沈んでしまった空気を振り払うかのように、ジェイは明るく言う。足元には、確かに、壊れてしまったおもちゃの銃が散らばっていた。
「これ、直せないかなぁ」
「レイ、おもちゃ屋でも開く気かよ」
「いや、『こんな時代』を忘れてしまいそうだから、持っておこうかと思って」
「……」
 そう言ってしゃがみ込む親友に、ジェイは手に持っていた銃を差し出した。
「お前が持っとけ。レイには『本物』より、こっちのほうがよっぽど似合う」
 レイはしばらくジェイの目を見つめた。笑ってはいるが、からかいではない表情。
レイは、無言でおもちゃの銃を受け取った。
「それじゃあ、帰るか。母さんに焦げ臭いって文句言われそうだ」
「同感」
 ジェイが一瞬見せた心の中。砲撃が日常となっていても、自分と同じような思いを抱えて毎日を過ごしている人もいるのだいうことに、レイは安心したのと同時に、少しやるせなくなった。
それは皆が同じことを思っていても、言えないし、行動できないということなのだ。今の自分のように、そうは思っていても、何をしたいのかが分からないのかもしれない。
どうすべきか、何をすべきか。
「じゃあ、またな」
 手を振って、いつものように別れる。「また明日」と言わなくなったのは、いつからだっただろう。破壊されていく街を見て、「明日」がないかもしれないという思いに、取り付かれてしまっていたのだろうか。
「うん、また明日な!」
 そう叫んだレイに驚いたのか、いつもは振り返らないジェイが、くるりとこちらを振り向いた。そして、にっと歯を見せて笑う。
「ああ、また明日」
 レイはそう言って歩いていく親友の後姿を見届けて、村までの一本道を走った。特に急ぐ用事があったわけではない。ただ、何も考えずに走りたかった。

 夕食を済ませて、レイは何となく散歩に出た。別に用事があったわけではない。突然思い立ったことだった。
村を抜けると、人工的な明かりではなく、星空が足元を照らしてくれた。しかも慣れた道であったため、特に苦労することなく道を歩いていける。
 満天の星空。金銀に輝く星々は、アドとアリアの髪の色を思い出させた。だから『星の歌姫』なのかと、妙に一人で納得する。
 しばらく歩いていくと前方にアドの家の明かりが見えたが、そちらには向かわず、いつもの場所に向かうために、草原の中を上へと進んでいく。緩やかな斜面を覆う草原の真ん中にある、大きな岩。そこがレイの定位置だった。何かを考えたいときに、いつも訪れる場所。岩の上に座れば、アドの家や村、工場のある街も見えた。斜面に広がる草原の向こうに見える木々を抜ければ、フレア国の村がある。木々の合間に見える、ぼんやりとした光は、鉄柵を照らす光。
 昔、フレア国の村の子と一緒に、岩の上に座って街の光を眺めたことを思い出す。そんな時代はもう、来ないのだろうか。
 そんなことを考えながら歩いていると、岩が見えてきた。間もなくたどり着くというとき、岩の上に先客がいることにレイは気がついた。アドかな、と思ったが、それにしては小柄だ。と、風に乗って、かすかな歌声が聞こえてきた。
「アリアさん……?」
 歌声がぴたりと止まる。
「レイ?」
「こんばんは、こんなところで、何をしてるんですか?」
 アリアはちらりとレイのほうを見たが、何事も無かったかのように、視線を街のほうに移す。
「レイは、ここで何をしてるんですか?」
 自分の隣にレイが腰掛けたのを確認して、アリアは問うた。
「今日はここに来たい気分だったというだけですよ」
 そう答えて、レイは大きく深呼吸をした。夜気がレイの肺を満たしていく。土の匂い、草の匂い、木の匂い。何か大きなものに包まれているという満足感。
「街、あんまり明かりが点いてないんですね」
 ふいに、アリアが口を開く。
「人がいるってばれたら、フレア国の飛行機が爆撃していきますから。それに、けっこう街の建物も壊れてしまってますし……。この戦いが始まる前は、宝石が散らばったみたいに、きらきらと輝いて見えてたんですけどね」
 淡々と、レイは答えた。いつの間にか、この寂しい景色にも慣れてしまっていた。
 レイの言葉に、そうなんですか、とアリアは呟いた。
 しばらく沈黙が流れる。
 と、アリアが小さな声で切り出した。
「もしもこの争いが、一人の人間のせいで始まったのだとしたら、その人はやはり、死ぬべきだと思いますか?」
 何が言いたいのかを掴みかねてレイが黙っていると、アリアは続けた。
「私のせいなんです」
 さわさわと風に揺れる草の音が、やけに大きく聞こえた気がした。
「レイは、この争いが何故起こったか知っていますか?」
「うちの国の保守派が、フレア国の市民を殺したから、ですよね?」
 学校で習ったことを思い返しながら、レイは答えた。アリアは静かに首を振った。
「それは、建前の歴史」
 本当は違うの。そう言って、アリアは小さく息を吸った。
 私は星の歌姫。だから、星に従おう。
 アリアは表情には出さず、心の中で微笑んだ。言うならきっと、今だ。
「……昔むかし、あるところに、一人の魔法使いの少女がいました」
 空を見つめながら、アリアは言葉を紡いでいく。歌姫の語る言葉は、歌のようにも聞こえた。
レイも空を見上げながら、アリアの話に耳を傾けた。

───少女は、歌を歌うことが好きでした。また、少女の歌を聞くと優しい気分になれるという噂を聞きつけて、多くの人が少女のところへ歌を聞きに来ました。魔法使いの村ではみだりに魔法を使ってはいけないと教えられていましたが、少女は歌声に、ほんの少しだけ癒しの魔法を乗せて歌っていました。
 少女の歌の噂は王様にも伝わり、ウォルタ国の王様の前で披露することになり、少女の歌を聞いた王様は、少女のことを大変気に入りました。そうして、ずっと仲の悪かったフレア国へ、平和の使者として行ってくれないかと少女に頼みました。大きな役を任されて、少女は嬉しくて、王様の言葉に従い、フレア国へと出かけました。
 少女の歌を聞いたフレア国の王様は大変感動し、ウォルタ国との仲を修繕しようと申し出てくれました。何度か王様の元を行ったり来たりしているうちに、両国の王様は少女に恋をしました。少女も両国の王様のことはとても好きでしたが、ウォルタ国の王様のことを愛し始めていたことに気がつきました。
 そのような状況であったのですが、やがて、フレア国の王様の下に、大臣の娘が嫁いできました。その娘は妖艶な美女で、政略結婚だったとはいえ、フレア国の王様はその娘のことを大変気に入りました。しかしながら、王様は少女のことが忘れられません。それに気がついた娘は、父親の大臣に相談しました。国を乗っ取ろうと考えていた大臣は、とても良いことを思いつきました。
『あの少女は魔法使いだ。もしその血を引く子どもがこちらに生まれれば、強大な力を持つことができるだろう』
 その翌日、娘は王様の耳元で囁きました。
『王様、ウォルタ国の王様もあの歌姫の少女のことが好きだと風の噂に聞きました。ここは一つ、あの少女を賭けてゲームをしてみてはどうでしょう』
 ゲームの内容は、相手国の国民を多く殺したほうの勝ちというものでした。大臣は、フレア国だけではなく、両国が無くなってしまったときに、この大陸を乗っ取ってしまおうと考えていました。
 そのように国民をみだりに殺してはいけないと王様は渋りましたが、ウォルタ国の兵士が、フレア国の一般市民を殺したという知らせを聞き、王様の考えは変わりました。大臣が仕組んだということも知らず、王様はウォルタ国へと宣戦布告をしてしまいました。
 ウォルタ国の王の勧めで、大陸外へと歌を広げに旅をしていた少女は、その知らせに驚き、フレア国の王に事の次第を聞きに行きました。
『お前の為なのだ』
 そう答える王様の言葉に絶望した少女は、ウォルタ国の王様の元へと急ぎました。
ウォルタ国の王様は、宣戦布告の文書を前にうなだれていました。
『私がフレア国の妃になれば済むことではありませんか』
 少女の言葉に、王様は首を横に振りました。
『愛するそなたを、他の男などにやれるものか。できるだけ持ちこたえて、フレア国が衰退するのを待ってみるよ』
 争いが始まってニ年の月日が流れましたが、一向に決着がつかず、どちらの国も多くの人間が死にました。少女はついに決心し、ウォルタ国の王様に手紙を残してフレア国への旅に出かけました。
 しかしながら、途中で、ウォルタ国の王様の子を宿していることに気づきました。このままフレア国に入れば、この子どもは殺されてしまう。
 それならば、いっそ、この手で───

 アリアはそこまで言って、息を飲み込んだ。
「毒を飲んだ後だったんです。レイ、貴方が私を助けてくれたときには」
 何の感情も宿していないアリアの声を聞きながら、レイの頭の中では、先ほどの話がぐるぐると回っていた。
 権力の為。
 愛する人の為。
 ……愛する人の為?
 ならば、戦場にかり出されている人には、愛する人はいないというのか。
 国民は、王のことは少なからず好きだ。しかしながら、それは、家族に対する愛、恋人に対する愛、友人に対する愛を凌駕するものではない。
 『私がフレア国の妃になれば済むことではありませんか』という少女の言葉が正しかったとは必ずしも言えない。少女がフレア国に嫁ぎ、魔力を持つ子どもが生まれ、その子を操り、大臣がウォルタ国を攻めてきたかもしれない。
 だがしかし、たった一人の少女の為に、王は国民を犠牲にするというのか。
 持ちこたえてみせることと、犠牲を出さないことは、イコールではない。それは王にも分かっていたはずであろう。
 見えないものより、目の前に見えているものに、愛着がわくのは理解できる。全員の顔を知らない国民よりも、目の前に見えている少女。知っている少女。そちらを取ろうとする気持ちも理解できる。
 だが。
 王は王なのだ。国のトップなのだ。国民を守る義務を背負っている。そのような者が、私利私欲の為に、国民を犠牲にしても良いというのか。
 家を失った人たちは。
 家族を失った人たちは。
 あの、おもちゃ屋の主人は。
 前線で死んでいった者たちは。
 爆撃の為に死んでいった友人たちは。
 彼らの死は、一体なんだったというのか。
「この子を殺して、フレア国に行けば、この争いは収まるかもしれない」
 アリアは静かにそう告げた。迷っている様子だった。
 レイには、アリアの取ろうとしている行動が、解決に繋がるとは思えなかった。何か彼女の心を動かすものはないか。
 そう考えて、ふと、ポケットの中に銃を入れたままであったということを思い出した。
「……じゃあ、これを使ってください」
 ポケットから取り出した銃を、レイはアリアに渡した。
「撃てばいい。護身用の銃です。そんなに威力は無いから、貴女の命を奪ってしまうほどの殺傷力はありません。撃った後、アドの元にすぐに連れて行きますから」
 脅すわけでも、急かすわけでもない、レイの静かな言葉。
 それが“光”の示す道ならば。
アリアは心を決め、恐る恐る、その銃を受け取った。下腹部に銃口を向け、痛みに耐えるために歯を食いしばる。
 風がさわさわと草を揺らす。
 森から、ふくろうの声が聞こえてくる。
 虫の音が、足元から聞こえる。
 引き金を引くまでの長い時間が過ぎていく。
 それは、数秒だったか、数分だったか。アリアには何十年もの間、岩の上に座っているような気がしていた。ゆっくりと、自分の指が引き金を引く。
 ぱんっ。
 乾いた音が、辺りにこだました。
 しかし、痛みは無い。
 アリアは思わず閉じていた目を開いた。恐る恐る下を見ると。
「これは……」
 カラフルな造花が、銃口から飛び出していた。工場からの帰り際、おもちゃ屋の前でレイがジェイから受け取ったおもちゃの銃だった。
「……それが答えなんです。いらない命なんてないんだ」
 アリアの手から滑り落ちた銃が、かしゃんと音を立てて壊れた。
 力が抜けていく。子を殺せば、全てが解決できるとは、彼女自身、思っていなかった。ただ、自分が中心になってこの戦いが起きてしまったのだという自責の念に耐えることができずに、お腹の子にそれを転嫁してしまいたかっただけ。責めから、逃げたかっただけ。そうすれば、自分の心は軽くなるだろうから───。
「貴方はやっぱり、光だったんだわ……」
 いらない命などない。ならば、この戦争の引き金になってしまった自分も、生きていて良いということなのか。
少女の瞳から、小さな光の粒が流れ落ちた。
「光……?」
「アドが予言していたんです。貴方は“光”になる子だと」
 そう言ってアリアは泣き崩れた。本当は、自分の子どもを殺したくなどなかったのだろう。愛する人の子どもだから。それに、アドに薬を手渡されたとき、彼女は拒否することもなく、それを飲んだ。その時、もう、答えは出ていたのだ。
 レイは静かに壊れた銃の部品を拾い集めた。と、突然、その手をはたと止めた。
「ああ、そうか、そうだったんだ」
 生み出すことができるのならば。
 目の前に散らばる部品。おもちゃ屋の前に散らばっていた部品。そして、工場で毎日のように見ている武器の部品。それが全て、頭の中で一つに繋がる。
 レイは造花だけを拾い、アリアを抱き上げて、アドの元へと連れ帰った。
 こうなることを予想していたかのように、アドは家の前で待っていた。レイはアリアと銃についていた造花をアドに手渡した。
「アド、これをアリアさんに渡してあげてください」
「分かりました」
 小さく頷いて、アドはにっこりと笑った。
「答えが、見つかったようですね」
 アドの言葉には答えず、レイは少しだけ笑った。

 自宅に戻ると、母がちょうど食器を洗っているところだった。父親は風呂らしい。
帰って早々、真面目な顔をして突っ立っている息子に、リナは微笑んだ。
「なぁに、そんな所に突っ立って。明日も早いんでしょう。父さんが出たら、すぐにお風呂に行って寝ること」
「母さん、俺……」
 言いにくそうにするレイに、何気ない風にリナは言った。
「レイ、貴方の名前の意味、知ってる?」
「え……?」
「“光”という意味なのよ。この時代の光となりますように、ってね。レイが歩いていく道よ。貴方が正しいと思ったことをやりなさい」
 何か言おうとする息子の言葉をさえぎって、母は続けた。
「もちろん、母さんや父さんにとっては、貴方はいつでも光なのよ。それを忘れないで」
 まだ何か考えているようだったが、レイは、こくりと頷いた。
「母さん」
「何」
「……ありがとう」
 そう言って微笑む顔は、もう、子どものものではなかった。
 リナはここまで出かかった涙を押し込めるために、ぐっと歯をかみ締めた。
「おーい、出たぞー。レイ、帰ってるなら次入れ」
「分かってる」
 父の声にそう短く答えて、レイは風呂場へと姿を消した。
 ほっとすると、涙がこぼれてきた。リナは強引に腕で涙をぬぐう。
「リナ……?」
 湯気を立てながら台所に入ってきた夫に向かって、リナは微笑んだ。
「明日のお弁当、何にしようかしら」
 ケインは、何があったのか聞かなかった。妻の様子を見て、なんとなく、悟ってしまった。
「レイの好きなものにしたらどうかな」
「そうね、そうするわ」

 生ぬるい風が、工場の裏手にある小さな空き地を吹き抜けていく。日差しはだんだんとその強さを増し、夏がすぐそこまで迫っているということを示唆していた。
「レイみーっけ」
 特に探していたという訳ではないのであろうが、ジェイはいつもこの空き地にレイを見つけるとそう言った。
 声をかけられて振り返った親友の表情が妙に穏やかで、ジェイは少しだけ驚いた。しかし、心のどこかでは、いつかはこんな日が来ると予想していた。
「ジェイ」
「ん?」
だから、この言葉を聞いても、驚かなかったのかもしれない。
「俺、花屋になるよ」
 世間話をするかのような、穏やかな声。
レイが本当に花屋になりたいと言っているわけではないのだと、ジェイは直感的に思った。しかし、特に何も聞かなかった。
それがレイの出した“答え”であるのなら、それが答えなのだ。
「そうか」
 短くそう答えて、ジェイはいつもの弁当屋の弁当を、いつものようにかきこんだ。
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